東京地方裁判所八王子支部 平成8年(ワ)1772号 判決 1997年12月08日
原告
X
右訴訟代理人弁護士
中本攻
同
安部健介
被告
Y
右訴訟代理人弁護士
森本哲也
同
杉浦幸彦
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 請求の趣旨
一 アメリカ合衆国ニューヨーク州家庭裁判所が、同裁判所V―二一三―九六・P五八―九六・FU#五一〇五九事件について、平成八年八月八日に言い渡した判決に基づき、原告が被告に対し強制執行することを許可する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第三 請求原因
一1 原告は、平成八年(一九九六年)二月二二日、被告に対し、原告の子である花子を、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)ニューヨーク州ウエストチェスター郡に戻すこと等を求める訴え(以下「原訴え」という。)を米国ニューヨーク州家庭裁判所(以下「ニューヨーク州家裁」という。)に提起した。
2 ニューヨーク州家裁は、平成八年八月八日、被告に対し、原告が判決写しの提示をすることを条件に、花子を日本国及び米国発行のパスポートとともに、原告又は原告の代理人に引き渡すことを命じる別紙記載の判決(以下「本件外国判決」という。)を言い渡し、同判決は、上訴期間経過により確定した。
二 本件外国判決は、次のとおり、民訴法二〇〇条一ないし四号の各要件を具備している。
1 (一号要件)
原告が原訴えを提起した平成八年(一九九六年)二月二二日当時、被告及び花子の住所は米国ニューヨーク州にあったから、本件外国判決の判決国たる同州は、日本の国際民事訴訟法上、原訴えにつき裁判権を有する。
仮に、平成八年二月二二日当時、被告及び花子の住所が日本にあり、米国ニューヨーク州にはなかったとしても、ニューヨーク州家事関係法(七五条dの(a)項)によれば、裁判所の手続開始前六か月以内に、子の住所が同州内にあり、子の監護を主張する者による移動のため、子が現在同州内におらず、親が同州内に継続して居住している場合は、ニューヨーク州の裁判所が子の監護権を決定する管轄を有すると規定している。
したがって、被告及び花子は、少なくとも、原訴えの提起前六か月以内である平成七年一一月二五日までは、ニューヨーク州内に居住しており、その後に子である花子の監護を主張する被告の移動のため、花子が同州内にいなくなり、子の父である原告は、ニューヨーク州内に居住していたのであるから、右条項の定めるにより、ニューヨーク州家裁は原訴えについて裁判管轄権を有する。原訴えと類似する事案について、国際法上及び日本の民事手続法上、日本が専属管轄を有するとする条約、法令又は判例は存在しないから、ニューヨーク州家裁は原訴えについて裁判管轄権を有することは明らかである。
2 (二号要件)
原訴えの審理開始に必要な、原告の宣誓供述書が添付された裁判官の理由開示命令は、次のとおり、被告に対し、公示送達によらずに送達された。すなわち、原告は、平成八年四月一八日、書留郵便をもって日本の被告の居所宛に原訴えの審理開始に必要な右書類を発送し、同年四月二三日、被告本人又はその母親がそれを受領した。これにより、被告に対する右書類の送達が適法になされた。
3 (三号要件)
(一) 本件外国判決は、原告にその実子である花子の永久監護権があることを前提として、被告に対し花子を原告又は原告の代理人へ引き渡すよう命じるものであって、その内容は、日本の公序良俗に反するものではない。
(二) 本件外国判決は、被告が、前記2の送達がされたにもかかわらず、応訴期間内に応訴しなかったため、被告欠席のまま言渡されたが、被告は十分な防禦の機会が与えられていたのであるから、その成立手続は、日本の公序良俗に反するものではない。
4 (四号要件)
米国ニューヨーク州の民事訴訟法上、子の引渡しを命じる外国の裁判所がなした判決は、日本の民訴法二〇〇条の条件と重要な点で異ならない条件のもとに効力を有するものとされている。
すなわち、ニューヨーク州家事関係法は、その第五条花子で、子の監護権に関する管轄を決定する全体的な規定を設け、同条七五項Wで、米国内の他の州でなされた子の監護に関する命令のニューヨーク州における承認、執行の規定は、関係当事者が送達および権利擁護の機会を与えられているならば、国際間においても適用されると規定しているから、ニューヨーク州の裁判所は、日本国の子の監護に関する命令の承認、執行についても、米国内の他の州でなされた命令と同様に、関係当事者が送達及び権利擁護の機会を与えられていることを条件に認めるものである。
したがって、ニューヨーク州と日本国との間には相互の保証があるというべきである。
第四 請求原因に対する認否
一 請求原因第一項1の事実は不知、同2の事実のうち、本件外国判決が言い渡されたことは不知、同判決が確定したことは争わない。
二 同第二項の主張は、争う。
第五 被告の主張
一 (一号要件について)
1 ニューヨーク州家裁は、原訴えにつき裁判権を有しない。
原告が原訴えを提起した平成八年二月二二日当時、被告及び花子の住所は日本にあり、米国ニューヨーク州にはなかった。
すなわち、被告は、平成七年(一九九五年)一一月二五日、花子とともに、被告らの住居があった米国ニューヨーク州を離れ、日本時間の翌一一月二六日、日本に帰国し、同日から、花子とともに肩書き地の東京都三鷹市の住居に居住し始め、以来、同所で生活している。したがって、被告は、同一一月二六日、米国ニューヨーク州から東京都三鷹市に住所を移転している。
2 ニューヨーク州家事関係法に、原告主張のような規定があることは知らない。
仮に、同法に右の規定があるとしても、原訴えに同規定を適用して、ニューヨーク州家裁に裁判管轄権があるということはできない。
すなわち、外国判決承認の要件としての裁判管轄権の有無は、訴えを提起する場合のそれと同一の原則により判定すべきであり、国際民事訴訟法上の裁判管轄権の有無は、日本の民事訴訟法等の国内の土地管轄に関する規定に準じて判定すべきである。そうすると、日本の国際民事訴訟法は、被告の住所地を土地管轄決定の基礎としているから、原訴えは、被告の住所地、すなわち日本に裁判管轄権があるというべきである。また、原訴えが、認知の場合における子の監護権に関する事件又は親権者変更事件であるとみた場合は、家事審判規則の規定(六一条、七二条、五二条等)を類推適用して、子の住所地に管轄権があると解することもできるところ、花子の住所地は、被告と同様、日本であるから、原訴えは、日本に裁判管轄権がある。
二 (二号要件について)
日本と米国の裁判上の文書の送達は、「民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約」(以下「送達条約」という。)の第一章二条ないし九条及び「民事訴訟手続に関する条約等の実施に伴う民事訴訟手続の特例等に関する法律」二四条ないし二九条並びに「民事訴訟手続に関する条約等の実施に伴う民事訴訟手続の特例等に関する規則(最高裁判所規則)」一一条ないし一三条の各規定に従ってなされるべきである。
ところが、原訴えの送達は、右正規の国際司法共助の手続をとらず、直接郵送する方法によりなされたものであるから、民訴法二〇〇条二号の要件を充足しない。
三 (三号要件について)
本件外国判決は、次のとおり、その内容及び成立の両面において、日本の公序良俗に反する。
1 原告は、花子を日本法に基づいて認知をしていないから、外国法に基づく原告の裁判上の認知が法的に適正な手続を経てなされたかどうかを審査することが、子の引渡しを命じる裁判の適否の審査の前提条件として必要である。
花子が原告の子であることを認める裁判上の認知手続を経ていない原告が、花子の引渡しを求めるのは明らかに日本の公序良俗に反する。
2 仮に、適法な手続により原告の認知がなされたとしても、花子は非嫡出子であるから、日本の民法上、花子に対する親権は、原則としてその母たる被告が単独で行使し、父である原告は行使できない。
すなわち、父が認知した非嫡出子に対する親権は、父母の協議で父を親権者と定めたとき以外は、母が単独でこれを行使するのが日本民法の原則であり、我が国の公序良俗である。そして、非嫡出子の親権者の交替は、父母の協議による合意又は家庭裁判所の審判手続によらなければならず、本来、訴訟手続になじまない事柄である。
それにもかかわらず、被告不出頭のまま、何らの実質的審理をすることなく欠席判決を言い渡したニューヨーク州家裁の本件外国判決は、花子の監護教育の実質に着目し、これを考慮したものではない。すなわち、花子は、生後約五か月のときから現在まで、被告とその両親とともに、日本での生活環境の中で育っており、もし、今ここで花子が母親である被告のもとから引き離され、米国にいる原告に引き渡されるとしたら、言語能力の取得の点を含め、同人の健全な発育に重大な悪影響が生じるのは必至であり、花子の福祉のためには、今のまま被告に養育されるのが最善である。このような状況の下で本件外国判決の執行がなされた場合は、花子の受ける不利益は計り知れないくらい大きなものになる。
3 以上により、本件外国判決は、その成立及び内容において我が国の公序良俗に反する。
第六 被告の主張に対する原告の認否及び反論
一 (一号要件の主張について)
1 被告は、平成七年一一月二五日、花子とともにニューヨーク州を離れ、日本に入国しているが、被告の作成した米国政府発行の旅券申請書に、花子の住所は本訴状の原告の住所と同じ住所が記載され、また、旅行の目的地である日本における滞在期間を三週間と記載されている。
したがって、被告及び花子の住所は、日本への移動によって変るものではない。
2 日本法上、国際裁判管轄を規定した法令及び条約はなく、国際裁判管轄は、原則として、国内の民事訴訟法の土地管轄に関する規定を類推して決定すること自体には異論はないが、仮に、原訴え提起当時、被告及び花子の住所が日本に移動していたとしても、原訴えの管轄は、その事案の内容からして、人身保護法四条の規定を類推適用すべきである。
すなわち、原告は、原訴えにおいて、第一次的には、花子を連れて一時的に日本に里帰りすると称して、同人とともにニューヨーク州を離れて、日本に帰り、原告の意に反し、そのまま日本に留まり、同州に帰らず、同人を拘束下においている被告に対し、花子をニューヨーク州ウエストチェスター郡に戻すことを請求しているのであるから、その実質は、人身保護請求であり、被告の主張するように、認知の場合における親権者変更等、子の監護権に関する請求ではない。原訴えの管轄については、被拘束者、拘束者又は請求者の所在地を管轄する高等裁判所若しくは地方裁判所とする人身保護法四条の規定を類推適用すべきである。
したがって、請求者である原告の所在地を管轄するニューヨーク州家裁も、原訴えの管轄権を有する。
二 (二号要件の主張について)
原訴えの送達は、送達条約第一〇条(a)項に従ったものであり、有効な送達である。
三 (三号要件の主張について)
1 国際私法上、親子関係の成立は、子の出生当時の父の本国法によるものとされており(法令一八条一項)、花子と原告との間の親子関係の成立は、ニューヨーク州法により決定されるべきである。
原告は、自己が花子の父親たることを確定することを求める原訴えを提起し、本件外国判決により原告が花子の父であることが確定され、ニューヨーク州家裁は、それを前提として、花子の福祉を勘案して、花子の監護権者を原告に変更し、被告に花子の原告への引渡しを命じる判決をしたのであるから、右判決は正当な手続を経ているということができ、日本の公序良俗に反することはない。
2 原訴えにおいて、ニューヨーク州家裁は、弁護士を法律後見人に任命し、同後見人は、原告が花子の監護者として適当であるかを適切に判断するために、口頭弁論期日外で原告及びその両親に面接して十分な質問をし、また、原告の住居を訪れ、その住居が子供を育てるのに適切な場所であるかを吟味し、その結果、原告が監護者として適当であるという結論に至り、口頭弁論期日において、その旨の意見を述べた。ニューヨーク州家裁は、後見人の右意見を十分吟味し、花子の監護養育の実質に着目したうえで、本件外国判決を言い渡したのであるから、同判決は日本の公序良俗に反するという被告の批判は当たらない。
3 たしかに、被告の主張するとおり、花子は日本に移動してから被告のもとで暮らしており、本件外国判決の執行によりニューヨーク州に引き戻すことは、同人に大きな環境の変化をもたらすものである。しかし、少なくともニューヨーク州家裁は、花子を原告に引き渡すことが同人の福祉に合致すると判断したのであり、その判断は尊重されるべきである。花子の引渡しが同人のためにならないとして、本件外国判決の執行を防ごうとするのは、これまで積み重ねてきた正当な手続を無視するものであり、不当である。
本件外国判決の執行を認めたうえで、ニューヨーク州家裁に、判決後の事情を理由として、花子の監護権についての審判を求めるか、若しくは原告に対して花子の監護について話合いの機会をもつよう求めるのが、法にかなった被告のとるべき正当な方法である。
第七 証拠
本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 その方式及び趣旨によりニューヨーク州家裁が作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき甲二、三及び弁論の全趣旨によれば、原告が平成八年二月二二日、ニューヨーク州家裁に被告に対する原訴えを提起し、同裁判所は、同年八月八日、本件外国判決を言い渡したことが認められ、同判決が上訴期間の経過により確定したことは、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件外国判決が民訴法二〇〇条各号所定の要件を具備しているか否かについて検討する。
1 民訴法二〇〇条二号は、敗訴の日本人被告を保護するために、防禦の機会を与えられないでなされた外国の判決は、日本においては承認されず、その効力を認められないとするものである。
したがって、同号にいう「訴訟の開始に必要なる呼出し若は命令の送達」があったというためには、通常の弁識能力を有する日本人にとって、送付されてきた文書が外国裁判所からの正式な呼出し若しくは命令であると合理的に判断できる体裁を整えたものでなければならず、そのためには、当該文書の翻訳文が添付されていることが必要であり、かつ、右文書の送付が司法共助に関する所定の手続を履践したものでなければならないと解すべきである。
2 なお、送達が有効になされたか否かについて、当事者が語学に堪能であったか否か、送付された文書を現実に受領し、その内容を十分理解していたか否か等、個々の事案の具体的事情に応じた利益を衡量して判断することは、後日の紛争を極力防止するために特に厳格な方式を要求している送達制度の本旨並びに多数の事件を一様に処理するために要請される訴訟手続の画一性及び安定性に反し、被告に応訴するかどうかの態度決定を迷わせることになるから相当とはいえない。我が国が送達条約一〇条(a)所定の裁判上の文書の直接郵送につき拒否宣言をしなかったのは、右郵送による通知行為としての事実上の効果を承認する趣旨にすぎず、外国においてなすべき送達に新たな一方法を加えたものとは解されないから、同条項が前記解釈の妨げとなるものではない。
3 弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる甲八ないし一〇によれば、原告の代理人弁護士サム・R・ワトキンスは、平成八年四月一八日、原告の宣誓供述書を添付したニューヨーク州家裁裁判官ブルース・イ・トルバートの署名のある理由開示命令を、日本にいる被告宛の受領証付郵便で発送したこと、しかし、これらの文書の翻訳文は添付されていなかったことが認められる。
そうすると、本件外国判決は、民訴法二〇〇条二号所定の要件を具備していないといわざるを得ない。
三 以上のとおり、本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官逸見剛)
別紙左記記載の外国判決
記
アメリカ合衆国、ニューヨーク州家庭裁判所
事件番号 V―二一三―九六、P五八―九六、FU#五一〇五九
判決宣告日 一九九六年八月八日
申立人 X
被申立人 Y
裁判官 ブルース・イ・トルバート
(判決内容) 被申立人は日本国東京におえる本判決の写しの提示により、直ちに子、花子を日本国並びにアメリカ合衆国発行のパスポートと共に申立人または申立人の代理人に引き渡せ。